2017年04月 / 03月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫05月
    

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告

2011.01.29 (Sat)

デリカシーって大切だと思う

そうそう鎮魂碑のお話をしなければなりません。

子供たちには「いただきます」とは命をいただくことだと教えています。

仏教の本来の戒律では殺生自体を禁じているのですが、僕は「無駄な殺生はしてはいけない」と解釈しています。

人は毎日毎日何かしらの命を頂戴して生きているわけです。殺生をせずに生きることは不可能です。

米も豆も肉も魚も野菜も、人間の口に入るものは生き物です。

僕は豚を殺したことはありませんが、実は毎日殺しています。しかも、自分の手は汚さずに、お金を使って他の誰かに殺させて、自分はそんな残酷なことはできませんという顔で、ラップに包まれたお肉を買うのです。

殺生が避けては通れないのであれば、僕たちができることは決まっています。きちんと手を合わせ感謝の気持ちを込めて「いただきます」を言うこと。食べ物を粗末にしないこと。お残しは、もったいないからダメ・・・という経済的な観念ではなく、無駄な殺生になるからダメ、と考えた方が正しいように思います。

ここは屠殺場の跡地。たくさんの豚さんたちが僕たちの命をつなぐために殺されていきました。

IMG_0052_convert_20110128125156.jpg

あれは何年前のことだったでしょう。10年ほど前のことだったでしょうか?いえ15年くらい前ですね。いや、もっと前だ、20年は経つでしょう。あの時はサッカーをしていて、あっ、あの時は長男がまだちっちゃかったから2歳だったとして今18歳なわけで、うん16年前ですね。・・・じゃねぇなぁ、ええと・・・17いや19・・・もう何年でもいいです。

とにかく僕らはそこでサッカーをしてたんですよ。で、なぜかあの鎮魂碑によくボールが当たっちゃうんです。そうなると僕らは手を合わせてゴメンナサイゴメンナサイとつぶやきながらボールを拾いに行ったものですよ。

で、またボールが当たっちゃって、僕がボールを拾いに行きました。くわばらくわばらって感じで行きました。

そしたら、なんと!

どなたかはわかりませんが、ちゃんと花を替えてくださる方がいたんですね。そのときはちゃんと花がありました。左右の花瓶に。

いや、花瓶・・・と言っていいのかなぁ・・・違うよなぁ。とにかく僕はビックリしてサッカー仲間を全員呼び寄せましたよ。

IMG_0051_convert_20110128125137.jpg

さて問題です。そのときの花瓶は次のどれでしょう?当時の写真がないので現在近いと思われる写真を撮ってきましたのでそれを見て考えてもらいましょう。皆さんきっと驚きますよ。ちょっと怖いかもしれませんが大丈夫ですか?心臓の弱い方はこれ以上進まないでください。ショックは大きいです。ただ、これは事実ですよ。実際に見たことです。こんなの作り話ではできません。ばちが当たります。ではいきますよ

1番
CA3G0339_convert_20110129013820.jpg

次は2番
CA3G0338_convert_20110129013713.jpg

最後に3番
3番ですよ、いいですか?引き返すなら今ですよ











CA3G0341_convert_20110129013747.jpg

わかりましたか?絶対にあってはならないものがありましたね?もちろん空き瓶でしたよ。これを生で見た僕らのショックを想像してください。よりによって・・・しかも左右両方 
┐(-。ー;)┌ヤレヤレ

あの当時、この辺りにはまだデリカシーという言葉は伝わっていなかったのでしょう。

あれ?あの当時っていつだっけ。10年前?いや20年前だったかな?いや、違うなぁ・・・確か・・・

スポンサーサイト
01:58  |  その他  |  トラックバック(0)  |  コメント(9)

2011.02.14 (Mon)

息子 仮免許取得 の巻

大学入学前にがんばって取っちゃおう・・・ってことで教習所に通っていた息子が、

仮免許を取得しました
.☆.+:^ヽ(∇^*)o【♪祝♪】o(*^∇)ノ^;+.☆.

「仮」でそこまで祝うか?っていいじゃないですか。

そういえば「お前を死ぬまで祝ってやる」って書かれたバカ画像を見たことがあるんですが、本人ホントは「呪い」たかったんでしょうけどね。お祝いしちゃっていい人になっちゃってね。バカですねぇ。

仮免許ってことは、僕が隣に乗って「仮免許練習中」って札を貼ったら君、公道を走れるんじゃないか?すごいな。日本の道がこれでまたひとつ走りにくくなるんだな?

どんな札だったかな・・・とネット検索すると・・・なんと便利な!!

A4の紙に印刷するとサイズが最適な「仮免許練習中」が出来上がるじゃないですか。

上下の余分を切って、パウチして・・・できた(^○^)

さあ、これでお前もドライバーの仲間入りだ(仮だけど・・・)

ちょっと乗ってみろ。

何だその浮かない顔は?

まるでリードをピーーーンってして後ずさりするときのワンコの顔じゃないか。

え?お父さんの車じゃいやだ?贅沢言うんじゃないよ。

ほら、ステップワゴンはお前のお母さんが乗ってるし、この車のほかには軽トラックしかないんだぞ。
(注1・お前のお母さん≠僕の嫁はん この辺のことはそっとしておくのが日本人の美徳ですよ、皆さん)

軽トラックじゃ小さすぎて練習にならんだろ。

それに、この車な、これ乗ってると周りの車がみーんな優しくしてくれるんだよ。パッと止まってくれたり、お先にどうぞってしてくれたり、初心者にはもってこいじゃないか。

これで我慢しなさい。何、いやなのか。しょうがねえなぁ。じゃ軽トラで行くか。












IMG_0069_convert_20110214123634.jpg

IMG_0072_convert_20110214123616.jpg
(注2・善良な市民です。モノを投げないでください。)
(注3・はい、これぞバカ画像です。実際に走ったりしないのでトヨタさん怒らないでください。)
12:43  |  その他  |  トラックバック(0)  |  コメント(4)

2011.02.18 (Fri)

ロンパールーム

http://www.youtube.com/watch?v=HPMx4gtEk8Y
みどり先生に会えますよ(^^)ニコ


今日のこんな日に立場上酔うてる場合ではないんですけど、いただきもんの鹿島のおいしい蛸をご近所の飲み屋さんにお裾分けするうち、少し呑みました。

酔うとなんかいろんなことを考えてしまって、今日は「縁」ってすごいなぁとあらためて思いました。

僕はここで時々お名前を出しますが、fufuさんという人には、いっぺんもお会いしたことのない人なんですけど、本当にどう言っていいかわからない、うーん、今言おうとしてもうまく言えない感謝をしているのですけれども、これは縁なんだなぁと本当に感謝しています。文体がおかしいのは少し酒が入ったせいなんで、すんません。けど、なんか酒のせいか今すごく素直なんで続けます。

fufuさんのこれのおかげで僕はトトに会えました。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=FN&action=m&board=552023130&tid=audjpy&sid=552023130&mid=40715


fufuさんのことを、ホントは実在の人物じゃないんじゃないの?ってホントに思ったことがあって、ホントは神様なんじゃないの?って本気で言ったことがあるんですが、はっぴーさんって人も神様みたいな人で、あ、この人には実際にお会いしたんで、実在の人物です。はっぴーさんのあのブログは、うーんすごい。本人に言わすと多分、ただ思ったことやっただけです~とかいうんだろうな。fufuさんもはっぴーさんも。

あ、そう、そんでスイス板のまいちゃんが、これまた僕のブログを見てるとか言うもんだから、なんか気分的に

fufuさ~ん、まいちゃ~ん、いつもありがとぉぉ。そして、あ、見えたわよ、じょに子さ~ん、とかいうシーンが頭に浮かんで、ゆえにロンパールームになりました。

ホントにすんません。明日起きたら消しちゃうかも。

酔うてるんで続けます。

よく因果応報といいますが、これは原因があって、だからこういう結果になるのだという意味なんでしょう。

でも、出典は忘れましたがなるほどなと思った書物によると、これもやはり仏門の人が書いた本なんですが、「因果」の間に「縁」が入るんだと。「いんねんが」なんだと。

その人の例え話なのか実際のエピソードなのかわかりませんが、もうすでに僕の手元にその書物がないんで記憶のままに書きますが・・・

毎年(花の名前は忘れました、何かの花の)種をいただきます。この種を植えると、見事に美しい花を咲かせます。この場合、「因」は種で「果」は花ですね。ところが、せっかくいただいた花の種を、うっかり机の引き出しに入れっぱなしにしてしまったことがあるんです。そしたら、やっぱり花が咲かない。なぜなら、種を土に埋める、水をやる、といった「縁」がなかったからです・・・

っつうような話でした。すごく印象深い話だったので、まるでコピぺに見えるかもしれませんが、記憶の限り忠実に思い出して書いてみました。

うん、やっぱりfufuさんとはっぴーさんは、種と言うより花と言うより「縁」の人だ。これがなかったら繋がらなかったでしょ?っていう人だ。

わっ、なんかやっぱり酔うてますね。起きてから読み返して恥ずかしかったら消しちゃおっと

もう少し鉛筆を削ったら、そしたら寝ます。

04:09  |  その他  |  トラックバック(0)  |  コメント(4)

2011.04.01 (Fri)

父の話(長くてすみません)

CA3G0452_convert_20110401013151.jpg


僕の両親は76歳になる父ちゃんと75歳になる母ちゃんで、おかげさまで二人とも健在です。

母ちゃんは僕の家に部屋がありましたが、一人暮らしをしたいなどと言い出したため今は一緒に住んでいません。(おかげでトトの間ができました)

父ちゃんはと言うと、僕が中3にあがる春に父ちゃんと母ちゃんが離婚して以来・・・もう30年になるのか・・・一緒に暮らしたことはありません。

僕には姉がいて、だから4人家族だったのですが、最終的に4人の苗字が違うという変わった家族です。

父ちゃんは昔の話をあまりしませんが、したときにはいつも「○○(僕の名)には親らしいことは何一つやってやれなかった。」と言います。

僕はそれを聞くといつも心が苦しくなります。父ちゃんにひどいことをしたのは僕の方だからです。

僕の父ちゃんは全然悪いことをしない人間で、真面目一辺倒な人間でした。

その代わり全く面白い人間にも見えませんでした。

ギャンブルは全くなし。パチンコもマージャンもしません。

酒はサントリーレッドのでっかいヤツを買ってきて時々家で飲んでましたが、飲み終わったあと、白いペンで今日残った酒の量をボトルに印しておくのが、子供の頃の僕は嫌で嫌でたまりませんでした。

タバコはハイライトを吸っていましたが、これまた開封した日付を白いペンででっかく書いています。

浮気なんてのも、できるぐらいならもう少し違ってたのでしょうが・・・。

そんな、悪いこともしないが全然素敵な部分がない父ちゃんのことを、あの型破りな母ちゃんが愛するはずはありませんでした。

僕が確か小学4年生くらいの頃に、父ちゃんが会社の帰りに大事故をして左足の皿を複雑骨折し、ずいぶん長いこと入院することになりました。

あのころの母ちゃんは生き生きしてたなぁ。よくモテてました。

父ちゃんは車の免許を持っていなかったのですが、そんな家はこの田舎には有り得ないわけです。

父ちゃんの愛車はホンダスーパーカブで、僕が小さい頃、このカブに僕ら親子4人が乗り、そんで派手にこけたことがあると言って母ちゃんはよく憤慨してました。ベトナムじゃないですよ。僕らの話です。

そんな父をほっといて自動車の免許を取り、母は颯爽と保険の外交員をやってました。たまにセールス全国1位とかとっちゃって・・・まあ、外に出れば常にチヤホヤされる特殊な人間でした。

僕が中2の終わり頃、母ちゃんは家を出てしまいました。姉は高校を卒業していて東京に進学していましたから、僕は父ちゃんと二人でした。母はもちろん面倒を見てくれる男と一緒にいました。

僕は時々母ちゃんと連絡を取っていました。

電話がかかってくる時間を決めていたので、黒電話が鳴ると父ちゃんに聞こえないうちにパッと取って、こっそり母ちゃんと僕の脱出を画策していました。

いよいよその日が来て、いつものようにリンと鳴る前に僕は電話を取りました。

「うん。わかった。」

当時高台の団地に住んでいた僕は、あとはこの坂を駆け降り、駅に着いたらタクシーに乗り、母ちゃんの言った通りの場所に行くだけでした。

ところが、父ちゃんは僕の計画に気づいていました。父ちゃんが追いかけてきたのです。

悪夢のような時間でした。

何の音もしない寒いさびしい夜、坂道を駆け降りる僕を、父ちゃんはほとんど曲がることのない左足を引きずりながら、いつまでも追いかけてきました。僕の名前をいつまでもいつまでも、いつまでも呼んでいました。へたくそながらもサッカー部員だった僕が、足を引きずる父ちゃんに追いつかれるはずはありません。

父ちゃんの声は小さくなってもまだ、僕の名前を呼んでいました。

その後、時々夢に出てうなされました。

子供の僕でも、父ちゃんが一つも悪くないことは分かっていました。その代わり、父ちゃんといても一つも面白くないとも思っていました。

母ちゃんと一緒にいたら、相当スリリングな人生になることも分かっていました。僕の誤算はそのスリルの度合いだけで、どの神様か知らないけど、もう少し手加減してくんねえかなぁっていつも思ってました。

あの坂道を駆けた日、タクシーに乗ってから父ちゃんのことを考えました。

父ちゃんは今頃あの坂道を上っているのだろうか。足を引きずりながらどんな気分だろうか。誰もいない家に着いたとき何を思うのだろうか。泣いているだろうか。もしかして、明日生きているだろうか。

今気づけば、あのときの父ちゃんと今の僕は同じ年です。あのような仕打ちを今の息子に受けたら、僕は生きていく自信がありません。

その後、安息とは程遠い中3時代を過ごし、逃げ出したい気持ちでもあったのでしょうか、僕は全寮制の国立富山商船高等専門学校、船乗りのための高専に進学しました。

おそらく、母ちゃんが父ちゃんに無心したのでしょう。入学後すぐから毎月父ちゃんは現金書留で1万5千円だったか2万円だったかを送ってくれました。いつもていねいな手紙を添えて。

一度、現金書留ではなく白い封筒が届いたとき、中に真っ白な便箋と、返信用の、きっちり切手を貼ってしっかり父ちゃんの宛名が書かれた封筒を同封して来たのを覚えています。

なのに・・・父ちゃんはそこまでしてくれたのに、僕はただの1通も返事を書きませんでした。

もしかしたら中身のお金だけを抜き取ると、あとはろくに読みもせずゴミ箱に捨てていたのかもしれません。

15歳の僕には、素直にありがとうを表現することができませんでした。

あの晩の坂道と、この手紙の罪深さに、僕は長年悩まされてきました。

今父ちゃんは、そんなことなんて何もなかったように笑いますが、僕は取り返しのつかないことをした昔の僕を許せないでいました。



数年前、仏壇の奥の方から青い洋菓子の容器を見つけました。

何だろう?ふたを開けると・・・

CA3G0453_convert_20110401015445.jpg

CA3G0455_convert_20110401015522.jpg

全部(ノ_ё)ウゥ・・・ゥ・・・ゥ・・・ 全部そろってる。

秋に高専を中退するまで、父ちゃんが送ってくれた白い封筒も現金書留も全部残ってる。

返信用封筒も使わなかった便箋も全部ある。

僕は捨ててなかったんだ。富山から持ち帰っていたんだ。

これらの手紙がいくつもの引越しを乗り越えてこれたのは、そして、これがあることに僕が全く気づかなかったのは、古い手紙だし捨ててはいけないものなのかな・・・くらいの感じで元嫁がこの青い容器に入れていたからなのか?それとも僕が無意識にしまいこんでいたのか?

先日、この春大学に進む息子と父ちゃんを居酒屋に呼び出して、この青い容器を開けました。

案の定、父ちゃんは自分で書いた手紙のことなど覚えていませんでしたが、29年の時を超えてきた自分の筆跡を見て・・・

いい酒でした。

吉幾三の酔歌を聞きたくなる夜でした。

02:15  |  その他  |  トラックバック(0)  |  コメント(4)

2011.04.02 (Sat)

母の話

父ちゃんの話をしたとき、僕が父ちゃんにいかにひどいことをしたか、なのに父ちゃんはいかに寛容であったかを言いたいがため、どうしても母ちゃんのことがマイナスイメージで伝わったことと思います。このままではバランスに欠けるので、母ちゃんの話も少しします。

少しと書いたのは、いっぱい書いたら父ちゃんの何倍も時間がかかるからです。

また、母ちゃんと過ごした日々はあまり平穏とは言えないものだったので、それを書くとさらに母ちゃんのマイナスイメージが強まってしまう恐れがあります。それは本意ではありません。

僕は、この世の子供たちが全員そうであるように、母ちゃんが大好きでした。

実は大好きなんです。

それは、何にも悪くない父ちゃんを振り切っていくほどです。

無力なくせにこの15歳は、ちょっと危なっかしいところのある母ちゃんを守ってあげなきゃとも思っていました。

母ちゃんと僕は、昼間に夜逃げをしたことがあります。夜逃げ(昼逃げ?)といっても荷物はなんにもありませんでしたから、母ちゃんの本心は心中だったのかもしれません。結果的に海にドボンする前に運よくガソリンがなくなってしまって2人で歩くはめになったので、あのときの本当の目的は今でもわかりません。(母ちゃんもはっきり言いません)

ガソリンがなくなる前、小さな商店に車を止めると、母ちゃんはこれでパンを買ってきなさいと言って、僕に財布を渡しました。久々の食事でした。

その中身が1700円しかなかったことにも驚きましたが、そんなことより強烈だったのはパンを買ってきてからでした。

車に戻った僕は、たった一つ買ってきたパンを二つにちぎって半分母ちゃんに渡しました。

そしたら母ちゃんは

「私はおなかがいっぱいだから○○(僕の名)が食べなさい。」

と言いました。

母ちゃんだって何日も何も食べてないこと、僕が知らないわけがありません。

瞬間にドバーッと涙が出てきて、僕は両手に持ったパンをものすごい勢いで食べたのを覚えています。

この日のことは今でも母ちゃんとよく話をするので、日付まで覚えています。

僕が中3の12月16日のことでした。

だから、僕が母ちゃんを嫌いなはずはないのです。



なんか2回にわたってこんな話をして申し訳ありませんでした。

ただ手紙の話をしたくて書き始めたのですが、正確に伝えようとすると言わなくてはならないことが色々出てきてしまって、いらん事まで書いたかもしれません。

僕はこの両親のどちらとも違う性格ですが、足して2で割ったと見ればなるほどとも思えます。僕が今こんなに幸せなのはこの2人のおかげです。


なお、こんなものを読まされた皆さんには本当に申し訳ないのですが、話の長い酔っ払いの隣にうっかり座っちゃったと思ってスルーしてください。

こんな話にコメントは不要です。
13:05  |  その他  |  トラックバック(0)  |  コメント(2)

2011.04.08 (Fri)

待ってたものが来ましたよ

確か去年の暮れに注文した通販だったんですが、手彫りゆえ時間がかかることに加え、地震の影響もあり、非常に到着が遅れていたこの品。
IMG_0297_convert_20110407234625.jpg

おい、食うなよトト
IMG_0300_convert_20110407234758.jpg

般若心経を唱えて心を入れて(ラブ注入とか言っちゃダメ)
玄関に鎮座していただきましょう
IMG_0305_convert_20110407234819.jpg

美しい!美しすぎるっ!!
IMG_0301_convert_20110407234739.jpg

ちっちゃーいですが思ってたより細工も細かく、うーん、木のいい香り。


あ、そうそう・・・なんてついでにしたら怒られそうですが、今日は娘の高校の入学式でした。

体育館が地震でやられちゃってたので、だから少人数ずつ各教室に配置されて・・・。

教室のスピーカーから校長先生の話や祝辞が流れるという、放送による入学式?って言うんですかね。そういうのでした。

言うまでもありませんが、こんな形にせよ入学式ができたことは幸いなことです。

が、ちゃんとデジカメ持って行ってたのに写真を撮るのをすっかり忘れてしまいました。

やっぱりいつもの入学式とは少し違う雰囲気があったのだと思います。


入学式では、もちろん僕の塾の教え子にたくさん会いますが、ここ近年はその教え子の親も教え子というケースもいくつか出てきました。

逆か・・・教え子の子供がまた教え子・・・というやつですね。

前にも書きましたが、うちの塾は僕が大学1年のときに始めた塾ですから、もう四半世紀は過ぎたわけで・・・。

最初の頃の生徒は僕とそんなに年も変わりません。

今日の入学式でお話したえみさん(えみちゃんって言いたくなるんですが)も僕の教え子ですが僕のわずか5歳下で、そんでうちの娘と同い年の娘さんも僕の教え子です。

ずいぶん長いこと続けてきたんですねぇ。早かったですけど。



あっ、言うの初めてですけど、うちは創立以来ずっと僕一人でやってきた塾です。もちろん今も。

「先生は何人でされてるんですか?」って聞かれて「僕一人です」って答えると大概ビックリされますが、僕はどうも職人気質ならしく、生徒を他人に任せることができません。全部僕が見ないとダメです。

一人でやってる、分類すればただの寺子屋ですから、そのジャンルに限って言えば中3在籍数は案外日本最大級かも。調べたことないけど。

教室を入ってすぐのホワイトボードには、その日の席順が表示されていて、生徒はそれを見てから席に着きます。

月・木に来る生徒が45人。火・金に来る生徒が50人。全員、この春に集まってくれた新中3です。

今年はこの95人とがんばっていきます。

CA3G0467_convert_20110407234916.jpg

だるまさんの前でトトがおやつを噛み噛みしてるんですが・・・よく見えませんね(^_^)


01:00  |  その他  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2011.04.28 (Thu)

ディズニーシー

今日4月28日は震災以来ずっと休園していたディズニーシーが再開する日でした。

しかも娘の高校が創立記念日。

明日になっちゃったらゴールデンウィークで大混雑だろうから、ギリギリ平日の今日行ってみるか。

世田谷に引っ越した兄ちゃんも呼んで合流しよう。

でもなぁ・・・。ディズニーランドが再開したときは徹夜組もいたらしいからなぁ。

まあ、混んでたら混んでたで、ちょっとブラブラしてくるだけでいいだろ。


で、来てみたら・・・

あれ?もう午後の2時半なのに、駐車場がガラガラ。しかも、ここ2階だし。この上3~5階まで1台も止まってないって事?

01IMG_0353_convert_20110428224653.jpg

なんじゃこりゃ~。人が、人がいない。こんなシー見たことない。

02IMG_0355_convert_20110428224741.jpg

全部15分待ち・・・と思ったら15分「以下」って書いてある。

さすがに新アトラクションだけは少し混んでるみたいだけど。

03IMG_0356_convert_20110428224823.jpg

じゃ、タワー・オブ・テラーから。ホントに15分以下なの?

と思ったら待ち時間ほぼ0。

04IMG_0380_convert_20110428224844.jpg
05IMG_0381_convert_20110428224859.jpg
06IMG_0383_convert_20110428224939.jpg

これ、午後の3時過ぎですよ。早朝一番乗りではないですよ。

のんびりビールでも飲むか。兄ちゃんはオレンジジュースね。

07IMG_0384_convert_20110428225336.jpg

ダッフィーのとこも空いてるから、チーズタルトとアイスココアを。全くお父さんのガラではないのだが、せっかく久しぶりに3人で遊べるんだからね。お父さんもいただきますよ。

08IMG_0388_convert_20110428225436.jpg

ストームライダーも

09IMG_0394_convert_20110428225454.jpg

インディ・ジョーンズも

10IMG_0396_convert_20110428225517.jpg

レイジングスピリッツも

11IMG_0397_convert_20110428225703.jpg

センター・オブ・ジ・アースも

12IMG_0399_convert_20110428225730.jpg

みんなガラガラ。

ゴールデンウィーク直前の、嵐の前の静けさなのかもしれませんが、震災の影響も大きいのでしょう。

帰りに見た新しいショーは、マジですごかったです。

色々見たけど、過去最高の出来かも。

[広告] VPS


元気もらいました。



兄ちゃんも一緒に鹿嶋に帰ってきたので、家に帰ってきたときのトトの様子をムービーで撮りました。

久々の兄ちゃんにブリンブリン尻尾振って、ピョンピョンジャンプして、兄ちゃんの顔をベロベロベロベロするいい画が撮れたのに・・・。

兄ちゃんの顔があまりにもモロだったためNG。

首から下にしようと思ってたのに、間違えたぁ。残念。


23:31  |  その他  |  トラックバック(0)  |  コメント(4)

2011.05.05 (Thu)

作務衣

僕は作務衣しか着ないんですが、そのことについてはヤフーの掲示板に書いたことがあるので、今回は横着してそれをコピペし、写真を加えて手抜きします。(´m`)クスクス

(ここから)

おはようございます。

僕は実生活では作務衣しか着ません。(注・実生活というのはヤフーのアバターが着物だったからです)

作務衣の他は、冠婚葬祭用に礼服が1着と、入学式・卒業式用にグレーのペラペラのスーツが1着あるだけです。

作務衣は20着以上あったはずですが、だいぶ傷んで捨ててしまったものも多く、微妙に色の違うものを買い揃えていたのですが、洗っているうちにどれも同じような色になり、つまり、なんだかいつも同じものを着ているみたいに見えます。

GRL_0526_convert_20110505151859.jpg


授業中も作務衣です。作務衣はお寺の作業着ですし、うちは寺子屋ですからこれでいいでしょ・・・って感じで作務衣で授業します。

飲みに行くときも作務衣です。おねえちゃんがいる店にはめったに行きませんが、いてもいなくても作務衣です。

ディズニーシーは家族で年間パスポートを持っているのでよく行きますが(祝28日再開)、もちろんシーもランドも作務衣で行きます。

IMG_0595_convert_20110505151943.jpg
IMG_0596_convert_20110505152000.jpg

大阪も奈良も京都も作務衣です。USJも作務衣です。

IMG_0597_convert_20110505153012.jpg

単車のツーリングに誘われることがありますが、作務衣です。

入学式・卒業式はさすがにグレーのペラペラを着ますが、参観日くらいなら当然作務衣です。

1度だけ同窓会に出席したことがありましたが、作務衣でした。

北海道に旅行したときも、家から出て戻ってくるまで飛行機の中も全て作務衣です。

ゴルフのときは・・・だからゴルフをやめてやりました。

(ここまで)

IMG_0593_convert_20110505151919.jpg

夏用の薄手のヤツを6着買いました。

もう一着は今着てるんですよーん。(‐^▽^‐)

15:42  |  その他  |  トラックバック(0)  |  コメント(2)

2011.06.15 (Wed)

ファンタズミック!

今日はファンタズミック!を見るためだけに、ディズニーシーへ行きました。

娘が高校から帰ってくるのを待って夕方の出発でしたので、シーに着いたのは6時半ごろでした。

ファンタズミック!は8時からのショーなので、1時間半ほど座って待ってましたが、全然苦になりません。

このショーはホントに感動モノです。

どうしてもしっかりと肉眼で見たかったので、今回は動画も写真もナシ。

っつうわけでyoutubeで

http://www.youtube.com/watch?v=XnqO4FG2Inc

感動で目がウルウルした後は、レストラン櫻。

ディズニーシーで和食が食べられるお店です。

CA3G0606_convert_20110615233922.jpg
CA3G0605_convert_20110615233953.jpg
CA3G0607_convert_20110615234021.jpg

!o(⌒囗⌒)oΨ イッタダキマーーース!! うまかった~


で、トトはお留守番してるんです。

僕らが帰ってきて車の音が聞こえても全然ワンワンいいません。

アイツ、嬉しいくせに気取って知らんふりするんです。いっつも。

今日は動画に収めてみました。

あんまりうまく撮れてませんが m(_ _;)m ゴメン!!

[広告] VPS




23:52  |  その他  |  トラックバック(0)  |  コメント(4)

2011.06.22 (Wed)

お姉ちゃんのお弁当

高校生にもなれば、自分のお弁当くらい作んなきゃね

・・・というのは息子のときも同じ考えで

「お弁当男子」なんて言葉も最近あるくらいだし、簡単な料理くらいは男だろうが女だろうができないと、このお父さんみたいにいつ何時「主夫業」が必要になるともならないとも限らないし・・・

いや、もちろんそうならなきゃならないほうがいいけれど・・・

でも、お料理ができて悪いことは1つもありませんからね。

で、どうやって子供にお弁当を作らせるかという作戦を考えたわけです。

これは息子のときも、今の娘も同じルールなのですが・・・


仮にお昼代を500円として、毎月20日お弁当が必要だとすると1ヶ月で1万円。
だから、この1万円を君にあげちゃう。
で、これでコンビニ寄るも良し。
でも、もし冷蔵庫の中にあるものでパパっとお弁当を作って行くならそれも良し。
その場合は、君、この1万円は自由に使ってくれていいよ。


・・・とやったわけです。

息子もけっこうおにぎり作ったりしてましたよ。

前の晩のおかずを少し残したりとか。

金がかかると人間、いろんな知恵が出てくるもんですねぇ(^∇^)アハハハハ!

親が作ったお弁当だと、やれ貧相だの、あれを入れてくれだの、いろんな文句が出そうですが

自分で作った場合は一切そんな文句はありませんからね。

逆にこの方法だと、たま~に僕が気が向いてお弁当を作ってあげたり、ちょっとオカズを提供したりすると、もうものすごく大感謝してくれますよ。

「ええっいいのぉ?この鶏そぼろもらっちゃっても・・・」みたいな ヾ(@°▽°@)ノあはは


息子はアルバイトを始めてから少々お金が自由になり、途中から作るのやめて買ってたみたいですけど、きっと当初のお弁当作りは、今の一人暮らしにも役立っているはず。


で、娘は今のところほとんど毎日お弁当を作っています。

前の晩に用意したりもしてます。

お父さんの作戦勝ちとは言え、感心な子供です。

昨日、娘はせっかく作ったお弁当を家に忘れてしまいました。

IMG_0680_convert_20110622225150.jpg

僕は専業主婦なみに家にいるので、主夫としては届けてあげるくらいしないとね。

IMG_0682_convert_20110622225216.jpg

もうすぐ正午なので、そろそろ娘が出てくる時間なんですけどね。

娘の制服姿までブログに載せたら怒られちゃうからここまで。

このままお料理が上手な娘になってくれるといいなぁ。

23:25  |  その他  |  トラックバック(0)  |  コメント(4)
 | HOME |  NEXT
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。